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音楽スタジオを設計する機会があり、音響の専門家と協働を行いましたが、それが「いい音場」について考える機会となりました。
その「いい音場」のひとつが「森の中の空間」です。森の中は「音の響きが良い」と、音楽関係者からも評価されています。言葉で表すと「高音がクリアに響き、低音の抜けが良い」などと表現されます。
もっと具体的に言いますと、森の中で発せられた中高域の音は緻密な響きを持って耳に伝わってきます。これは手前の木々の幹で拡散する音、木々の間を通過して奥の幹で散乱する音、さらに木々の間で乱反射を繰り返しながら奥深く進んで戻ってくる音など、複雑な散乱が影響していると考えられています。 室内ではこもりやすい低域の音も、森の中では癖のないナチュラルな響きを持つことが分かっています。さらに木の葉や地面の吸音効果が加わることにより、森の中は人工的な音響空間とは異なる良質な音場を形成していると言われています。
そしてこのような「森の音場を再現できた」という音響実験室を体験させてもらいました。その部屋に入ると、驚いたことに窓もない密閉された部屋なのに、外に出たかのような広がりを感じました。
良く考えれば、森の中には壁などありませんから、広がりがある事は当然と言えば当然ですが、室内に入って外に出たかのような体験は初めてのことです。 いまいる空間で目をつぶれば、「お風呂やトイレほど狭くはない」とか「体育館ほど大きくない」など、だいたいどのくらいの大きさの部屋にいるかは見当がつきます。ところが森の音場に近い空間で目を閉じていると「外ですか?」という感覚なのです。
これは大変気持ちが良く、窓もない部屋なのに「ここで仕事がしたい」と思ったのです。確かに、森の中で仕事ができたら、ストレスも少なく快適だろうと想像ができます。従業員もお客さんにとってもストレスの少ない空間になるだろうと想像できます。そして森の中でお茶を飲んだり食事をしたり、風呂に入ったり・・・などと考えると・・・きっと快適です
このように良い音環境を目指すことは、全ての空間に必要な事だと考えられます。私達は居酒屋さんに入って、周りの話し声がうるさくて不快に感じることがありますが、そんなときには「もうここを出て他に行きましょう」という気になります。このような居酒屋さんが仮に森のような音場だったら、きっと長居したくなるでしょう。
確かに長居してしまう喫茶店などは音の状態も良い状態なのだと思われます。
音楽スタジオでは当たり前でしたが、それ以外の空間で音の状態を良く整えることについて、あまり気をつかっていなかったかもしれません。このような体験を経た私達はこれから作る空間の音の状態に目標を設定して、快適性を向上させることを行っています。
具体的な方法としては、音を整えるときには、床・壁・天井の仕上げに反射面や吸音面をバランス良く配置するのが標準的です。
ところが森の中は反射面や吸音面など見当たりません。細い木や太い木がバラバラと点在しています。森の中では音はこのバラバラと立っている木の幹や、頭上で広がっている枝や葉に音がぶつかり様々に拡散しているのです。
このような拡散体を室内に作り出すことで森に近づくことができるのです。
事例としては三井住友銀行の店舗でこの拡散体を用いて音場を整えることを行いました。また住宅や歯科医院などでも音場を整える事をおこなっております。
最後に森の中の空間の特徴をもうひとつ。
「森林浴」や「森林セラピー」なる言葉があるように、森には人を癒やす不思議な効果があると言われていますが、森の中では体感温度も2℃ほど下がって感じるそうです。夏場にエアコンを使うときに省エネを考えて、我慢しながら高めに設定したりしていますが、体感温度が2℃ほど低く感じられるならば省エネにも貢献する事にもなります。